左利きの融心さん

御先祖様を探し始めた若僧です

家系図作成記その14(ハイカラな曽祖母)

母親に見つかった曽祖母は、四国へ行くことになります。実母の再婚相手が四国の人だったからです。

その再婚相手、つまり私の曾曾祖父さんは広大な敷地と大きな権力を持っていました。

曽祖母は、自分の子供達と旦那を連れて四国で住み始めます。曽祖母は、養生に出された家の後継なので、苗字は大阪の家の苗字を名乗り、旦那を養子にしていました。

それなりに楽しい生活だったそうです。訳あって、岡山からは夜逃げする様な形で出てきたらしいのですが、それなりの生活をしていました。

しかしそこで、戦争が起きます。辺りは焼け野原になり、曽祖母や祖母の生活もガラリと変わるのでした。

それでもめげない家族は、いろんな商売をして立て直しました。その頃の生活は、それはそれは楽しかったと、祖母がよく話してくれます。

 

曽祖母の母親は、元々青森の立派なお家のお嬢様で、顔立ちも整っていて、素敵な貴婦人だった聞いています。曽祖母の姉も美しい方で、ある化粧品の広告のモデルになっています。なぜか双子の絵なのですが、それは、美人なその姉に見惚れた画家が、もう1人欲しい!と思い、2人にしたそうです。

しかし曽祖母は、確かに綺麗な方でしたが、やや上品さにかける人で、曽祖母の母はよく嘆いたそうです。